rule ぴったりくっついていたあったかい物がそっと離れていく。 これはなんだろう。 ……ああ、人の体温だ。……体温? そうか、そうだった。 理解した途端、離れる温もりが名残惜しかった。次にこんな目覚め方をするのはいつだろう。 そもそも次なんてあるのか? ある、と思っておこうか、今は。 身体はそのままで薄く目を開けて様子を伺う。 俺を起こさないように、という気遣いなんだろう。慎重な動作でレオンが起き上がるところだった。 まるで猫みたいに音を立てずにそっと床に足を着くと、裸足どころか裸のままで、ドアを開けするりと抜けて行く。 バスルームに向かったんだろうと予想してみると、 「正解だ」と答えるかのようにシャワーの音がザーザーと聞こえてきた。当たりだ。 (結構、壁が薄いんだな、ここ) 古いアパートだから、そりゃそうだな。と、ぼんやり思いながら仰向けになった。 流石に狭いベッドに男二人でだと寝返りも自由にうてなかったから、長い時間下にしていた左肩がしびれるように痛い。 多分レオンの肩も悲鳴を上げてるだろう。 暫くそのまま呆けていると、ふいに、そういやあれから全然吸ってなかったな。と気付いてしまい、上半身を起こした。 ベッド脇のテーブルに置いた煙草に手を伸ばす。 相変わらずバラバラなままのハンドガンが気にはなるが、 寝起きの状態では、流石に『組み立ててしまいたい』という欲求は起きない。 煙草に火を付けて煙を吐き出すと、水音が止んだ。 昨日空けたビールの缶に灰を落としてドアの方を見ていると、程なくしてバスタオルで頭を拭きながら、 そしてやっぱり素っ裸のまんま、レオンが戻って来た。 ベッドの上で煙草をプカプカ吹かしてる俺を見るなり、嫌そうな顔をする。 そのままズカズカと部屋に入ってくるとクローゼット脇のベランダに向かう。 吐き出した煙が、レオンとの間で蛇みたいにくねると徐々に形を失くしていった。 「窓くらい開けて吸ってくれよ」 少し掠れた声で文句を垂れながら、カーテンの隙間に手を差し込みロックを外して、窓を少し開ける。 カーテンの隙間から漏れてきた光加減からして、外は曇りのようだ。 多分この部屋のカーテンは、昼夜関係なく閉めっぱなしなんだろう。 そういう部分を気にする感じではないように思えた。 煙草の煙には五月蝿いかもしれないが。 「悪いな」 気のない返事を返して、煙草を吹かしたままレオンを上から下まで、じろじろと眺めてみる。 暫く見納めだろうから、と思って無遠慮に眺めてたのがバレたのか、急にレオンの顔が赤くなった。 タオルで髪を拭く手が止まる。 「……、なに?」 躊躇いがちに訊かれて、俺はギリギリまで吸った煙草を空き缶の飲み口で潰して、中に落とすと無言で『おいで』と手で招く。 レオンは小首を傾げ、怪訝な目で俺をじっと見てきた。 もう一度チョイチョイと手で招くと、しぶしぶなのか、只恥ずかしいのか、どっちだかはわからないがゆっくり近付いてきた。 ようやく手を伸ばして腕を掴める位置まで来たのでグッと手首を捕まえて引っ張り、無理矢理向かい合わせに座らせる。 「いや、結構あちこちにキスマーク付けちゃったなぁ、と思って」 手首を離さないまま俺が答えるとタオルを被った隙間から、答えに窮したような軽く息を呑む音がした。 「っ…………」 実際レオンの身体は悲惨なものだった。首筋は控えたものの、そこから下は酷い。あちこちに赤い痕が残ってる。 ここからは影でよく見えないが足の付け根の内側だって、相当酷い事になっているだろうと思った。 肌が白い分、強く吸い付かれたその無数の痕はかなり目立つ。言葉の代わりに刻んだ、俺のレオンに対する想いの証だ。 俺はひっそりとほくそ笑んで、鎖骨付近に付けた痕を指でなぞった。 「あっ……」 咄嗟に俺の手を止めようと、レオンが空いてる手をタオルから離す。 それをやんわりと封じて、額同士がぶつかりそうなくらい顔を寄せる。「レオン、おはようのキスは?」低い声で囁くと、 一拍置いて「もう、とっくに昼だ」と呟き、長い睫毛を伏せて唇を重ねてきた。 もう昼か。腹が減ってきたわけだ。そう思いつつレオンのたどたどしい舌の動きを堪能する。 暫くして、甘い息を吐きながらゆっくりとレオンの唇が離れると、捕らえていた手を開放した。 レオンのペニスが触れてもいないのに可愛く勃っているのを目で笑って、さてと、と俺は腰を上げる。 「出る仕度するか。腹減ったろ?外で飯食おうぜ」 俺のセリフにレオンは少し落胆したような、そんな顔をした。 疼きだした身体をどうにかして貰いたいんだろう、と思ったが敢えて無視する。 「風呂借りるぞ」 そして俺もやはり裸足で素っ裸のまんま、レオンを部屋に残してバスルームへと向かった。 『愛している』とレオンに云わないのは、俺が勝手に決めたルールで、勿論俺の中でだけの決め事でしかない。 何もかもが終わって、俺と、そしてレオンの、閉ざされた世界というのが元に戻る時が来たら。 その時に、真っ先に云う為に、残しておこうと思った。 あとどれだけ先の話か?なんていうのは自分でも予測がつかない。生きているのかすら分からないのだから。 それに、その時が訪れたとしても、レオンは他の人間を愛しているかもしれない。それはそれで構わないと思う。 他の女を抱いたり、男に抱かれたって。 俺とセックスし、マスターベーションで慰め、禁欲したとしても、全てレオンの自由だ。 ただ、その不透明な未来の先でレオンが俺を愛していたとしたら。 そこから先は誰にも触れさせず、可哀想な位、束縛してやろうと思う。 バスルームから出ると、レオンはすっかり身支度を終えて、クローゼットから俺のブルゾンを取り出そうとしていた。 こちらもさっさと仕度を済ませ、出る準備をする。 「窓閉めたか?」ブルゾンを受け取って一応訊いてみると、レオンはこくりと頷いた。 玄関からさぁ出ようとした時、「クリス」とレオンが俺を呼んだ。 「どうした?」 振り返ると、力一杯俺に抱きついてくる。 バランスを崩しそうなのをどうにか踏み留めると、さらりと前髪をなびかせながらレオンが顔を近づけてきた。 「クリス、行ってきます、のキスはどうした?」 不敵な笑みを浮かべて云うレオンに、俺は吹き出しそうになる。何様だ。 それ以上の小生意気な言葉を紡がせないように、噛みつくようなキスをしてやった。 レオンのアパートから歩いて5分位の場所にある小さな家庭料理屋で、他愛の無い会話をしながら遅い昼飯を済ますと、 少し早いが駅へ向かうことにした。ロスへのチケットは取ってあるから、空港までだらだらと向かって適当に時間を潰すつもりだ。 同僚がアパートの近くまで迎えにくるというので、レオンとは店の前で別れることにした。 「この通りをまっすぐ行って、パン屋のとこを左に曲がるとバス停があるから、乗れば駅に着く」 「わかった。じゃあ、またな」俺が云うと、レオンは「生きてればな」と肩を竦めて答える。そう、生きていればまたな。 軽く頬にキスを交わし、お互いに背を向けて歩き出した。 途中足を緩めて、煙草を取り出そうとブルゾンのポケットに手を入れる。 ライターとは違う、なにか金属の感触に気付いて取り出してみると、見覚えのない鍵が出てきた。 なんだこれ、と思った矢先に気付いて、自然と笑みが浮かんだ。レオンの部屋のスペアキーだ。 咄嗟に振り返ったが、当然レオンの姿がある筈もない。 俺は小さく「愛しているよ」と呟いて、十字架の代わりの様に鍵へ軽くキスを落とすと、大事にポケットへ入れた。 ...end...
□□□□□□あとがきもどき。□□□□□□ 「狭い世界」の翌日クリス視点。 俺による俺の為のルールだ!byジャイ○ン(でも優しい)なクリスを妄想しながら書いたんですが 自惚れやさんになってしまいました。 (((´・ω・`)まいっか! 2008.6.4 ≪back