Jasmine 胃がキリキリする。 3日間缶詰め状態の任務、4時間程しか寝ていない。 まともに飯の時間も取れず、携帯食の味気ないクラッカーとチョコレートを数切れ食べた程度。 あとはひたすらガムと、僅かに取れた休憩時間にコーヒーをがぶ飲みして粘った。 こんな状況だったから鏡なんて見ていないが、相当酷いツラをしているだろうと思う。 アパートへと戻る足取りも重く、数十歩ごとに溜息が漏れる。久々にキツイ仕事だった。 (でもアパートに戻れば、クリスが待っている、筈だ) 鍵は渡してあるし、勝手に入って、のんびりくつろいでいるだろう。 頬が、自然と緩む。緩ませすぐに、また無表情に戻した。 やはり胃がキリキリ……というか、ムカムカしている。胃の辺りをさすってみるが、治まらない。 こんな体調でクリスに会うのも嫌だな、レオンはそう思った。 インスタントコーヒーをがぶ飲みしまくったのが原因だろうか。 普段はあんなに濃くしたコーヒーを、しかもブラックでは何杯も飲まない。 寝不足な上、空腹の胃に流し込んでたのも、悪かっただろうな。 ……ぼんやりと3日間を振り返り、レオンは大きく息を吐いた。 部屋に戻ったら、まず何か胃に入れて……そして少し寝よう。クリスには悪いけれど。 なにか家に食材はあっただろうか? 思い出そうと記憶を手繰ると、飲み物すらまともに置いてなかったことに気が付いた。 ああ、そうだ。水は買ってあるが、それだけだ。フラフラしそうな足取りで、視線を泳がせ見つけた小さなスーパーへ向かう。 初めて入ったその店は、スーパーというより雑貨店といった方が正しいかもしれない。アジア系の夫婦が経営しているらしく、 ざっと見る限り、置いてある商品の半分位はレオンに馴染みのないものだった。 インスタント・オートミールを手にとり、古いデッキでラジオを聴きながらレジで新聞を読んでいた禿げた店主に「幾ら?」と訊く。 禿げた店主は、おや、といった顔でレオンを見上げた。 新聞を丁寧に折り畳み卓上へ置くと、「あんた、胃の調子でも悪いのかい」そう訊いてきたのでレオンは頷いた。 無意識のまま空いていた手で胃の周辺をさすっていたから、そう悟ったんだろう。 「それなら、湯をかけるインスタント・オートミールより、米だ。米の粥の方がいいよ」 にかっと黄ばんだ不揃いな歯を見せて笑い、店主は戸棚の方へと向かう。 お人好しな店主の行動にレオンは苦笑いする。ふぅ、と息を吐いてレジの後ろにある棚を見ると、チャイニーズ・ティーなのか ジャパニーズ・ティーなのか、アジア産だろう茶葉が並んでいた。その他に、見慣れた紅茶やフレーバー・ティーの銘柄もある。 「ああ、飲み物も必要だった」ふっと思い出して、たまにはこういう茶もいいかな、と端から名前を追っていく。 「お待たせ、これだ。これがいいよ。米の粥。レトルトパックだから簡単だ」 店主が戻ってくると、レオンは茶葉について尋ねる。活き活きとした表情を浮かべる店主の説明を聞いて、 カモミールとジャスミン、二種のティー・バッグを一箱ずつ購入した。 「クリス?……居るのか?」 所々ペンキの剥げた鉛色のドアを開けて三日ぶりの家へ入ると、部屋の電気は暗いままだった。 玄関付近にツールバッグを放って、レオンは寝室へ顔を出す。「クリス?」 ベッドの上で眠っているクリスを見つけて、レオンは小さく笑む。 そのまま忍び足でキッチンへ戻り電気を点けると、先程買い物してきた荷物をシンク横の調理スペースに置いた。 シンクに放ってあったポットを濯ぎ水を汲んでコンロにかける。 滅多に使わない小さい鍋を取り出してポットと同じように水を張り、レトルトパックを入れると、もう一方のコンロにかけた。 沸騰するまで、着替えと顔を洗う時間はあるだろう。レオンはそう思い立ち服を脱ぎ始めた。 服をランドリーバスケットに放りこみ、全裸のままで洗面台の前に立つ。 帰りがけにシャワーだけは軽く浴びてきたが、カラスの行水みたいなものだった。 久々に鏡でじっくり見る自分の顔は、隈がハッキリ出てる上に頬が若干痩けていて、酷いとしか言いようが無い。 おまけにところどころ髭も生えて、余計に『疲れてます』感を現している。 冷たい水で顔を洗い、ついでに、僅かに生えた無精髭を剃った。 これで少しはまともなツラになったろうか?そんな事を思いながらタオルで荒く拭き取る。濡れた前髪から数滴、水が滴って床へ落ちた。 キッチンへ戻ると、クリスが欠伸を噛み殺し、億劫そうに首を回しながら寝室から出てきた。 「帰ってたのか。悪い、寝てた」云って、レオンに近付いてするりと腕を回し腰を抱く。 髪に鼻面を埋めてから、こめかみにキスを落とした。 「さっき戻ってきたとこだ」 擽ったい、と続けてレオンが云うと、クリスはにんまりと笑う。 「それにしては、随分と刺激的な格好だな」 「着替えようとしてるだけだって」 うん、うん。クリスはそう顎先で小さく頷き、「ケネディ君、嘘がヘタだな」とレオンの耳元に唇を寄せて囁く。 とびきりの低音な上に、普段呼ばれないファミリーネームをわざと囁かれて、レオンはビクッと背筋を正した。 「〜〜〜っ!!だから嘘じゃないって!どけ!」 瞬時に顔を赤らめて、レオンは声を荒げるとクリスを胸元を押した。クリスは笑うと、腰に回した手を解く。 「沸いてるぜ。なんだ、飯食うのか?」コンロに近付くと、クリスは火を止めた。 ぐつぐつ沸いている湯に浸かったレトルトパックを見るなり、どうしてこんなもの食うんだ?といった顔でレオンを振り返る。 「珍しいな。あとで一緒に飯食いに行こうかと思ってたんだが」 レオンは着替えを取りに寝室へ向かいながら、「悪い、ろくに食ってなかったから胃が痛いんだ」と答えた。 本当にだるそうに歩くレオンを眺めて、クリスは苦笑しながら心の中で『お疲れ』と労う。 たっぷり休ませてやりたいのは山々だが、果たして自分は手を出さずに済むだろうか?他人事のように、クリスはそう思った。 Tシャツと下着で戻ってきたレオンをちらりと見て、クリスは調理スペースに置いてある、レオンが買ってきた品物を取り出した。 「なんだ、これまた珍しいな」出てきたティー・バッグに目を丸くして、余程疲れているんだな、と改めて思う。 皿とスプーンを取り出したレオンが、「ああ、それか。なんかたまにはいいかなと思って。胃にも優しいみたいだったから。クリスも飲むか?」と尋ねた。 「そうだなぁ、同じのでいい」コーヒー豆ならともかく、紅茶やハーブ・ティーの種類なんかには全く疎いクリスはそう云って、 「どっちを開ける?」とレオンに問い返す。どっちがどんな味かもクリスにはさっぱりだ。レオンはクリスの手元の箱を見て、眉を顰める。 「ん……俺もどっちでもいいんだけど、そうだな……。じゃあこっちにするか」 ジャスミンの箱を指して、埃を被っていたマグカップを二つ、シンクで濯いだ。 なんの香りだかわからないがとても心地の良い匂いが広がる。 「落ち着くな。この匂い」ジャスミンティーの香りを愉しんで、喉を潤す。熱い液体がじんわりと胃を覆って包んでくれるような、そんな気がした。 レオンに合わせてクリスも飲んでみる。確かに何か落ち着くような、ホッとするような感じを覚えた。 昔、ラクーン・シティ名産のハーブも、茶として売っていた店があったような記憶がある。 飲んだ事は一度も無かったまま街は消えたが、あの茶はどんな香りがしたんだろうな。そんなことを思った。 レオンはカップの半分まで飲むと、スプーンで粥に手を付け始めた。 離乳食のような緩さの食感に、本当に病人になったような気がしてならない。 「悪いけど、これ食ったら少し仮眠したいんだ。あとでクリスが飯食うとき一緒に付き合うから」 すまなそうに云うレオンにクリスは笑いかける。 「気にするな。お前が寝てる間にでも適当に食ってくるから」 一緒に居たいんだ。思わずそう云いそうになるのを堪え、レオンは黙ってスプーンを口に運んだ。 量もそれほどでなかった粥をすっかり平らげて、残ったジャスミンティーを飲み干すと、食器もそのままで席を立つ。 ジャスミンティーの箱を手で弄んでいたクリスの頬に不意打ちのように軽いキスをして、「三十分だけ」と言い残しベッドに向かった。 「お休み」寝室へ消えるレオンに、片手を挙げてそう声を掛けると、クリスは手の中の箱に視線を戻す。 パッケージ横には効能やら、ジャスミンの花について云々が小さく印刷されていた。 することもなしに、その文面を目で追う。『リナトールという麻酔性の香りと、インドールという官能的な香りを含んでいます』 という文を読んで、へぇ、と呟いた。香りが後を追うように漂うことから、花言葉には『あなたに付いて行く』という意味もあるらしい。 素直だとか、純愛だとか、愛しさだとか。そんな意味もあるようだが、その全てがレオンに合ってる気がして、クリスは微笑んだ。 (馬鹿だな) そんなことを思ってしまう己を、肝心な本人が知らないけれども。 もう一箱の文面も読んでみると、それもまたレオンに合ってるなと思わせる花言葉が書いてあって、 見てる人は誰も居ないのにも関わらず、更に緩む口元を手で隠した。 効能の説明にはちゃんと整胃作用があるそうだから、純粋にその目的で購入してきたんだろうけれど、狙って買ってきたんじゃないか? ……そう突っ込んで訊いてみたくなる。 カモミールの花言葉は『逆境に負けない力』と書いてあった。由来は踏んでもよく育つ丈夫なところから、らしい。 「逆境に負けない力で、俺に付いてこいよ」 寝室のドアに向かってひっそり呟くと、クリスはひとり食事を済ますために席を立った。 言葉で胸を満たしたあとは、腹を満たすのみだ。 目が覚めると、胃の不快感も治まっていて気持ちよく起きあがることが出来た。 時計を見ると3時間も寝ていた失態に気が付いて、しまったとレオンは唇を噛んだ。 寝癖もそのままで家の中を探すがクリスが居る気配がない。 どこに行ったんだ。 【携帯で連絡する】という手段が寝起きの頭で働かず、レオンは慌ててジーンズを履くと玄関を飛び出した。 階段を駆け下り、アパート前の道路に出るとすぐにクリスを見つけて、レオンは「なんだ」と安堵の息を吐く。 レオンが降りてきたのに気付いたクリスは笑い、手にしていた携帯灰皿に残り僅かだった煙草を押し込んだ。 「どうした?慌てて」最後の煙をフーと吐いて、穏やかな声で訊く。 「……いや、部屋に……居なかったから」こうして慌てて探しに来た自分が急激に恥ずかしく思えて、レオンはぼそぼそと呟くように答えた。 クリスは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに満面の笑顔を浮かべる。 「酷い寝癖だ」 レオンの髪に指を絡めると、戻ろうか。と部屋へ促した。 「……んっ」 玄関のドアを閉めた途端に濃厚なキスを食らって、レオンはクリスの背に腕を回す。 角度を変えて更に口内を掻き回す舌に応えながら、さっき何故クリスが外に居たかを悟った。 入り込んだ舌から伝う慣れない煙草の味。 (俺が寝ていたから、気を使って下で吸ってたんだな) 口には出さないがそういうことなんだろう。 玄関のドアに背をもたれて、逃げ場所を失ったレオンの首筋をクリスの唇が這う。 首の付け根付近を軽く噛まれたと同時に、シャツの下からするりと手が入ってくる。 キスだけで既に堅くなった乳頭を指先で軽くつつかれただけで、熱い息が漏れた。 「ふっ、…ん…っ…」 ベッド以外の場所で盛るなんて珍しい。ずるずると下がりそうになる身体をなんとか維持して、クリスの背に回した腕に力を込めた。 足の間に割り込んだクリスの左足に、徐々に勃ちあがりつつある股間を押しつけて、続きを煽る。 空いてる片方の手でジーンズのボタンに手をかけられた。ジッパーを下げる音が、熱くなった吐息に混じってふたりの耳に届く。 大きい手で下着越しにギュッと握られただけで、ますます堅くなっていく自分の馬鹿正直さに、レオンは失笑を漏らしそうになった。 (馬鹿だな) 自嘲を噛み殺すように、クリスの唇を塞ぐ。 (馬鹿だ。溺れすぎてる) 取り敢えず今は、クリスを自分に溺れさせる為に、この行為に没頭しよう。レオンはクリスのシャツを、背に回した腕で乱暴にたくし上げた。 手を中に差し入れて、鍛え上げられた、美しいラインを作る背筋をそっとなぞる。 ……自分がそうであるように、あんたも馬鹿になってくれないか。 レオンはそう願いを込めて、塞いだ唇を外すとクリスの頬を下方から舐め上げた。 (なぁ、クリス。俺に) 相手が願い通り以上の馬鹿になっていることを、レオンは知らない。 ...end...
□□□□□□あとがきもどき。□□□□□□ お互いに惚れすぎて「ばっかだなぁ〜俺!」というクリレオ・そして花言葉の本を読んで思わずクリレオ!と興奮したので 混ぜてみました。ばっかなのはわたしだね!ばかでしあわせです!にぱー! 明日は七夕ですが七夕ってまさにクリレオっぽい感じですよね。会いたいけどそんなに会えないもどかしさ。 マッパ(裸)の時に「どけ!」と云ってるのはケネディ君の照れ隠しです。ほんとは胃の痛みと飯もそっちのけで抱きつきたい。 けどクリスに自分を求めてもらいたいのと仕事の疲れがマックスで、ここはぐっと我慢してます。そんな妄想。 (参考文献・立ち読みorzした『花言葉・花贈り』という本) 2008.7.6 ≪back