Holiday


「最悪だ」

レオンは目の前でチケットをひらひら振る男に向かって吐き捨てた。
周りは家族連れやらカップルやらで賑わっている。
男二人で映画館に来るのもどうかと思うのに、そんなレオンとは反対に
ケビンは三十路中盤とは思えない笑顔を浮かべていた。

「いーじゃねーか、昼飯お前の好きなモノ聞いてやっただろ」
「なんでもいいって言ったからそれは無効だろ」
睨みながら言ってもケビンには通用しない。
「もうチケット買っちまったんだし、諦めろよ」
レオンは溜息をついた。
「…………なんでこんな映画なんだよ……」
チケットには有名なゾンビ映画の名前が印刷されている。
最近になってリメイクされ、話題を呼んでいるらしくCMで何度かは見かけたことはあった。

「ホラー苦手なのか」
からかうようにケビンに言われ、レオンはもう一度溜息をついた。
「だから、そうじゃなくて、……なんでゾンビものなんか……」

(ケビンもあのラクーン・シティの惨劇の生き残りなのに、よくゾンビ映画なんて観る気になるな)

レオンの心中を察したのか、ケビンが目を細めた。
「レオン、お前意外とナイーブなのな」
「あんたがおかしいんだ」

二年程前にクリスに紹介されたこのラクーン・シティの生き残りは、どこか楽天的だ。

日々特殊部隊やら政府の機密事項やら、立派なエージェントになるべく、
鍛錬に明け暮れている自分にとって大切な休日になんでこんな映画を。
あの事件でゾンビは嫌というほど拝んだじゃないか。

「クリスだったらこんな映画には誘わない」
レオンがぽつりと言うとケビンは「だろーな」と笑い飛ばした。
続けて「怖くて泣いたら1$で胸を貸してやる」など軽口を飛ばしてくるのを無視して、
レオンはケビンの手から一枚チケットを奪うと歩き出す。
「ペプシのラージ、当然奢りだよな」
そう言い捨てて入り口へと向かった。


「やっぱ映画館で観る時は一番後ろの列がいいよなー」
ドリンクカップを両手に持ったケビンがそう言いながらレオンの右隣に腰を降ろすと、
すぐにホールの照明が暗くなった。
レオンはケビンからカップを受け取ると、小声で囁く。
「こんな映画じゃないならな」
観る気力も無い。そもそも男同士で来てなにが楽しいのかさっぱりだ。
大体、外はあんなに人が居たのに、客の入りがまばらじゃないか。
みんなこんな映画観ないんだ。ファンタジーとか、アクションとか、恋愛ものとか、
そういう一般的なものを観に来てるんだ。
映画館ならではの音量で予告が始まると、レオンは右肘を付いて欠伸を零した。
(……そうだ、上映中寝てよう)

瞼を閉じて暫くすると肘をつつかれた。
「寝かせねーぞ」
顎をささえていた右手を外してケビンを見ると、にやにやした顔で見返される。
もう何度目かわからない溜息を吐くと、レオンはスクリーンに目を向けた。




ストーリーが進み、最新技術によってよりリアルになったゾンビがわらわらとスクリーンに現れると、
ふいに腐臭が甦った。
4年前に嗅いだ、あの腐臭。焼け焦げた臭いに混ざった、肉の腐った臭いと血の臭い。
ドリンクを飲んで誤魔化そうにも次第に気分が悪くなってきて、視線をスクリーンから逸らした。
ケビンに気付かれないよう軽く下を向いて前髪で視界を閉ざす。肘掛けに置いた手に自然に力が入る。
(あと何分あるんだ……)
もう終盤にさしかかってるだろうか。悲鳴ばっかりが続く音声にもうんざりしてきた。
気分が悪いまま自分の膝元を見つめていると、肘掛けを握っていた右手にケビンの左手が重なった。
「限界か?」
耳元に口を寄せてそう聞いてきたので、レオンは正直に頷いた。
「レオン、こっち向けよ」
レオンが言われるまま顔を右に向けると、ケビンの右手がレオンの顎を捕らえた。
「なに……っ」
そのまま唇を奪われると、驚いたレオンは空いている左手で顎を捕らえるケビンの右手を掴んだ。
(なにを考えてるんだこのオッサンは!)
こんなとこで、女性とならともかく!
驚いたことで一気に腐臭が消え失せた。
「……っ」
相変わらずスクリーンからは悲鳴が聞こえているが、もうそれどころじゃない。
顎を掴むケビンの手を外そうにも、すがるように手首を掴むことしか出来ない。
あっという間に舌も絡め取られ、飲み込めきれない涎が口端から垂れる。
知り合いがこの館内に居ないことだけを祈って、レオンは瞼を閉じた。



ゾンビ映画のクレジットにはアンバランスなような明るいテンポの曲が流れてきた。
まばらだった客がぽつりぽつりと席を立つ。
ようやく唇を開放されて、レオンは袖で口元を拭った。
「っはぁ……」
何人かの客が帰り際こちらの状況に気付いたようだったが、『何も見てません』といった表情で去っていった。
ケビンは残ったドリンクを一気に飲み干すと、「出ようぜ」と何事も無かったかのように言って席を立つ。
「…………あんた……」
「どうした、行くぞ」
何考えてんだ、一体、と続けて言う暇もなく手を取られて無理矢理シートから腰を上げさせられる。

外に出ると綺麗な夕焼けで、周りがオレンジに染まっていた。
「あー、首凝った」とケビンが首を揉みながら伸びをする。
レオンは何も言う気になれず、ぼーっとケビンの後ろ姿を見る。
「どうだった?」
振り返ってケビンが聞いてきたが、それが映画の内容を指すのかどうかわからずレオンは沈黙を守った。
「いーいもんだろ〜?映画館でのキスってのも」
(やっぱりそっちか)


「さ、んじゃ夜飯食って帰ろーぜ」
当たり前のように言うケビンに、レオンは呆れる。
「あんた、またウチに泊まるつもりか」
「いーじゃねーか、お前明日も休みなんだろ」
相変わらず三十路には思えない子供っぽい笑顔でケビンが言うと、レオンはがくりと肩を落とす。
「……連休は滅多に無いのに……」
久々の連休を贅沢にたっぷり寝ようと思っていたのに、この様子だときっとゆっくりさせて貰えそうにない。
クリスと違って、この男はピロートークも長い上に行為後もベタベタとしつこい。
己の内なる計画が台無しになるのに腹が立ったレオンはケビンを睨んで「晩飯もあんたの奢りだからな」
と言い捨てると、地下鉄の駅に向かって歩き出した。



...end...


□□□□□□あとがきもどき。□□□□□□ ケビン×レオン。レオンはクリスが好きなんだけど、そのクリスがケビンを紹介したことによって、 レオンは何故か両方と関係してしまっている、という脳内設定です。クリスもケビンもそれを知っています。 ケビンはケビンでデビとも出来てます。オープン・フォモ。 2008.5.22 ≪back