後輩弄り 二年前のラクーン・シティ……アンブレラ事件の話を聞きたい奴がいる、と行方知れずになっていた筈のクリスから連絡を受けた。 「よく此処が分かったな、誰に聞いたんだ?」 ケビンが尋ねると、受話器の向こうから不快な雑音に混じって小さく笑う声が聞こえた。 仲が特別良い間柄でも無かったが、懐かしい聞き覚えのある、 それも生きているなんて到底思っていなかった人物の声に、自然と心が弾んだ。 なんてこった、夢じゃないよな??頭の中ではそんな疑惑でいっぱいになる。 『政府には、ラクーン・シティ【生存市民リスト】があるんだ。……その、話を聞きたいって奴が今、政府側でな』 「へぇー・・・」 ケビンは自分の顎を指で弄りながら、笑い含みに曖昧な返事を返した。 良い記憶が一切無い事件の話を穿り返される。それはまぁ今更だし構わないけれど、かといって面白くも無い。 脱出劇の顛末は既にシティ脱出後、真っ先に聴取を受けたし、面倒な精密検査なんかも強制的に受けさせられた。 『何事も無ければ、只の小生意気な可愛い後輩だった筈なんだが……。 明日そっちを訪れるだろうから、話を聞かせてやってくれないか?』 クリスがそう云うと、別れの挨拶もそこそこに通話は呆気なく切れてしまった。よっぽど多忙らしい。 ケビンは静かになった携帯をじっと見つめる。 そういえばクリスが何処にいるのか訊くのを忘れた。そう思って、すぐに考え直す。まぁいいか。 警察署で働いていた同士、しかも行方知れずになっていたS.T.A.R.S.メンバーが生きていた事にバンザイだ。 おめでとう俺達。 職業柄、警察関係者と消防隊員の生存者は極端に少ない。 皆、己の危険を承知しながらも、あの地獄と化した街で、使命を忘れずギリギリまで人命救助に努めたからだった。 通話の切れた携帯を片手に目を閉じると、真っ暗な視界にぼんやりとあの風景が浮かびだした。 二年が経過した今でも、あの警察署での死闘に近い出来事は、まるで昨日の出来事かのように思い起こせた。 脱出するトラックの中で、心を鷲掴みされるように悲しく響くリタの嗚咽……。 『マービン、マービン』彼女は子供のように泣きじゃくり、いつまでもマービンの名前を呼び続けていた。 飛び出してしまいそうなリタをどうにか制して、その場を遠ざかるしかない護送車から、 傷を負ったマービンが署の扉を閉めるのを見つめるしかなかった。 マービンの、決意が滲み出た顔と声を。そして彼からリタへ向けられた、永遠の別れも込めた優しい眼差しを思い出す。 彼はきっとあれから最後まで……命が費えるまで、立派な警官だっただろう。 事件前までも、遅刻の常習犯である自分とは違い、すべてにおいて皆の模範となるような警官だった。誰も彼の信念に敵わない。 言葉を発すると同時に、悲しい記憶は一旦片隅に追いやり、ケビンは目を開いた。 「……それにしても、何だって?可愛い後輩だった筈の人間が来るって?」 確かにクリスはそう云った。 署内までも化け物に侵入され逃げ惑った中、散乱した誰かのデスクの上にあって、たまたま目にした新米警官の履歴書の事をケビンは思い出す。 悠長に眺めている暇も無く、流し目で軽く学歴なんかを追った程度だったが、それだけでも立派な優等生だったというのが解り、 感心したのと同時に、気の毒だと思った。 ……そうだ、気の毒だと思った。 確かラクーンでの惨劇は、その新米が赴任してくる直前に始まったからだ。 歓迎パーティの買い出しに行くのさ、などと云って他の職員がニヤけながら出かけていったのは事件の前日あたりだった。 もしかしたら、何も知らず、あの混乱の地に足を踏み入れてしまったのだろうか?その若者は。 初出勤に心躍らせて……、程良い緊張を携えながら?? 数拍置いて、ケビンは耐えきれず豪快に吹き出した。 「……ハッ、相当運が悪いな、そりゃ」 まぁ、のこのこやってきたものの、あの状態の街を無事生還出来たのならば、自分と同じく悪運は強いのだろう。 履歴書にあった新米若造の名前はなんだったか……ケビンは首を捻り記憶を辿ったが、流石にそこまでは思い出せなかった。 もう一度、マービンの顔が脳裏に浮かんだ。もしかしたら、その若者はマービンに会ってないだろうか? そう思って、いや、あの状態の街でそんな偶然は無いか、と頭を振った。苦笑いを浮かべて、ケビンは耳の裏を指先で掻いた。 そんな都合の良い……三流ドラマの脚本にありそうな偶然があの場所で、もしあったんだとしたら。 今では心の底から信じることの出来なくなった【神様】とやらを、少しだけ褒めてやってもいい。 翌日、クリスが云っていた夕刻をとっくに越えて、もう今日は来ないかと思われた夜の十時過ぎに控えめなノックが二回聞こえた。 もう来ないだろうと踏んで、既にビールへ口を付けていたケビンが慌てて応対に出ると、そこには涼しげな顔つきの青年が立っていた。 「……貴方が、ミスター・ライマン?」 形の良い唇から出てきた言葉にケビンは眉を上げた。意外に低い声だ。それでも不快な声色ではない。 慎重な口調で聞かれて、ケビンは頷き、警官時代に惜しみなく無料で振りまいた、人当たりの良い笑顔を作る。 「そうだが……。てことは、あんたが?」 「レオン。……レオン・S・ケネディ」 よろしく、と右手を差し出してきた。ケビンも合わせて手を差し出す。 「俺はケビン。そのまんま呼んでくれて結構だ。よろしくな」 握ると、レオンの手はひやりと冷たかった。 レオンの先に視線を向けると、家の目の前の道路には見知らぬ車が停まっているのが見えた。 都会の人混みがあまり好きではないケビンが、ラクーンを出て選んだ今の家は郊外に在り交通の便は良いとは云えない。 「レオン、あの車で来たのか?」 ケビンが手を離して尋ねると、レオンは小さく頷いた。 「そう、職場のを借りて走らせたんだけれど……ここら辺は余り来た事が無いから、少し、道に迷って。 こんな時間になって申し訳ないが、二年前の事で、話を」 いいとも、とケビンは大袈裟に返事を返し、レオンの肩を掴んだ。馴れ馴れしいその動作にレオンが驚いたように目を瞬かせる。 「立ち話だとなんだし、まぁ中に入れよ。レオン」 「いや、ケビン、少しだけだからここで」 「ごっちゃごちゃ五月蝿い事云うなよ。……お前、カワイイ後輩なんだって?」 俺は先輩だぜ?と偉そうに笑って、強引にそのままレオンを家の中へ連れ込むと、ケビンはさりげなく缶ビールを手渡す。 「ほい」 「……。……車で来たのか?ってさっき……」 車で来たと知っている相手に、何故どうして酒を渡すのか。どう考えても、おかしくないか? レオンは文句を云う代わりに眉を顰め、ケビンにビールをつき返そうとする。が、ケビンは笑ったままでそれには応じなかった。 「まずは出会いに乾杯だろ?真っ当な人間関係を築く為の基本だ」 けらけら笑ってケビンはソファに腰を下ろす。 レオンは暫く棒立ちだったが、大きく溜息をつくと、諦めてケビンの隣りに座った。 結局ビール2本を空けるまでケビンはのらりくらりと、上手くレオンの目的から避けていた。 「今年はまさかあんなチームが優勝すると思わなかったな〜!あ、来年のナ・リーグはどこが優勝すると思う?」 「……ケビン。悪いが、そろそろ本題に移りたいんだけど?」 僅かに耳と頬が赤くなったレオンが、痺れを切らせてケビンに訴える。 「あー…・・・そ。なんだっけ。ええと、ラクーン?」 そろそろ相手にしないと不味そうな気配を察して、ケビンは思い出したフリを装ってレオンに笑いかけた。 ふぅ、とレオンは息を吐く。それが呆れなのか、ようやく話が進みホッとしたのかは伺えなかった。 多分8:2くらいの割合で両方だろうな、と呑気に想像しながら、ケビンは「なんでも聞いてくれよ」と顎先で促す。 「ただ、ちょっと条件がある」付け加えて、今度ばかりはレオンを真剣な目で見つめた。 レオンは前髪を僅かに揺らして小首を傾げる。真剣そうな声につられてケビンを見返した。 「警察署の生き残りは僅かだけど、他にも居る。……そいつらの現在の連絡先とかも、知ってんだろ?」 少し低めの声でレオンに問いかける。レオンは『どう返答すべきか?』と、一瞬ではあるが顔を曇らせた。 「レオン。……俺はクリスから、【生存者リスト】の話を聞いたんだ」 ケビンの言葉に、レオンは小さく息を吐いた。そのまま頷く。 「クリスから聞いたなら、答えは知ってるじゃないか」 「まーな。……で、俺が最初なんだろ?ラクーンの話を聞きたいってのは」 レオンはもう一度頷いた。 「それなら、リタの所には、その……行かないでくれないか?」 「リタ?……どうして?」 リタの名前を口に出しただけで、ケビンの脳裏にはマービンの最後の姿が浮かんだ。 まるで耳元で囁かれているかのように、リタの嗚咽までもが鮮明に甦る。 ケビンは珍しく重い溜息を吐く。「長くなるぜ?」と前置きをして、警察署から脱出した所までを掻い摘んで話し始めた。 マービンの名前を出した途端、レオンが僅かに表情と身体を強張らせたように見えたが、何も言わなかったので、 取り敢えずそのまま自分の知っている限りのことを話し尽くすことにした。 「……と、まぁ、そんで街を抜けたんだけどよ。……リタはまだ、……マービンのことを引きずってると思うんだ」 話を終えた頃、レオンが手にした3本目のビールがちょうど空になった。 4本目、いっとくか?とケビンが指さすと、レオンは左右に首を振る。 「……。わかった、ありがとう。リタの所には行かないよ。 ……その後、病院とかで一般市民の中に、エイダ・ウォンというアジア系の女性が居たかどうか知らないか?」 ケビンは瞬いて、記憶を辿る。ヨーコ・スズキ以外のアジア系の人間には会った記憶が無い。ゾンビならそれなりに居たかも知れないが。 「いや、多分、ヨーコだけだな。エイダなんて名前は聞かなかったぜ」 「そう……。……俺が聞きたかったのは、これだけなんだ」 「そうだったのか?」 驚くケビンの声にレオンは頷いて、左手で前髪を掻き上げると、ソファに背を預けた。 「知らないなら、いいんだ。それより、……警察署での事なんだけど」 少し重たそうにレオンは言葉を紡ぐ。表情がやけに暗いので、ケビンは黙ってその先を待った。 「……俺は、多分ケビン達が脱出した後に、警察署に辿り着いたんだと思う」 「そーか。そりゃー会えなくて残念だったな」 そうだな、と小さく答えて、レオンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。 「あんたには会えなかったけど、……その、会ったんだ」 誰に、と問おうとして、ケビンは固唾を呑んだ。心拍数がグッと上がった気がした。 「…………マービン、か?」 低く押し出すように紡いだ名前に、こくりとレオンが頷いた。ケビンは片手でガリガリと頭を掻く。 ああ、神様、この野郎。まさかのまさかな展開じゃねぇか! 「俺は街に着いて、何が起きてるのかさっぱりわからなかった。驚いて、取り敢えず、警察署を目指して……」 レオンがぽつりぽつりと話し始める。 逃げ込んだ先である警察署で負傷したマービンとの出会い。生存者を助けろ、と託されたこと、そして……。 「……そっか。あいつらしいなぁ」 ケビンは天井を仰ぐ。涙は一筋も出なかった。あまりにも、彼らしい最後で。 あの別れ以来ずっと気にかかっていて……しかしきっと一生知りうる事は無いと思っていた事が、レオンから聞けるとは思わなかった。 「あんがとな」 ぽん、とレオンの肩を叩く。 「……」 何か答えようとして、レオンは結局何も云わず、頷いた。 ケビンは時計を見上げる。随分話しに夢中になっていたようだ。真夜中どころか夜明け前じゃないか。そう思った途端に欠伸が出た。 「そろそろ寝ようぜ。時々予告無しに泊まりにくる阿呆がいるから、ベッドは無駄にでかいんだ」 初対面で泊まって行けと云うのか?レオンの顔にはそんな疑問符が浮かんでいる。 ケビンは先程までの暗い話を吹き飛ばすような豪快さで笑った。 「レオン、飲酒運転は流石にまずいだろー?」 太い笑みを浮かべて偉そうにのたまうケビンに、レオンは沸騰しそうになる。それでも文句は口から滑り出た。 「……!ケビンが勧めたんじゃないか!」 「あ〜まいなぁ若造。どう見ても流されたお前が悪い。……ほらついて来いよ、ここ電気消すぞ」 「……ッ!」 レオンは眉間に皺を寄せたまま、仕方なくケビンのあとに続く。 ベッドルームに着くと、ケビンはレオンのジャケットを無理矢理剥いて、ダークブルーのトレーナーを放った。 「そいや、レオン。お前、クリスとはどーゆー関係なんだ?」 ぺーぺーだった新米警官が、どうやってS.T.A.R.S.隊員であるクリスと連絡を取り合う仲になったのか。 ケビンにはさっぱり理解も想像も出来なかった。 「え……っ?」 不意にクリスとの仲を問われて、レオンは上擦った声を上げて言葉に詰まる。冷静に答えようとした矢先に、 「わかった、コレか!」とケビンが楽しそうに親指をグッと突きだしたので、レオンは慌てて首を横に振った。 振って、自分は馬鹿だと後悔する。一瞬で耳まで熱くなっていた。湯気でも出ているかもしれないとすら思った。 受け取ったトレーナーを頭から被って、真っ赤になった顔を悟られまいとするが、既に目の前の男にはバレバレで、遅いにも程がある。 「ほっほ〜、クリスとお前がねぇ……」 ニヤついた顔でケビンは噛みしめるように云う。 ストレートだとばかり思っていたクリスと、目の前に居るレオンがそんな仲なのかと知ると、心の底からニヤけが止まらない。 下世話な話は、残念だが大好きだ。大好物だ。 「違う!」 レオンは強く云って、見事な素早さでベッドに伏せた。小さく「おやすみ」と声が毛布の下から聞こえる。 もう寝て誤魔化すしか無いと踏んだのだろう。余りの慌てぶりに、ケビンは益々笑みを深くする。これだから後輩弄りは楽しくて仕方ない。 (ま、話を聞かせて貰うには時間はたっぷりあるしな。……俺の時間はな。) 今日は可愛い後輩との出会いに乾杯、までで留めておこう。 心の中でもニヤニヤ意地悪く笑うと、ケビンはレオンの隣りに潜り込む。酒臭い息をフゥと吐いて、瞼を閉じた。 明日は朝から、楽しい尋問だ。 ...end...
□□□□□□あとがきもどき。□□□□□□ アウブレ2『死守』とバイオ2経由でケビレオ出会い編。 特に山もなくオチもなくってすいません書きたかったとこを詰めただけです。 ケビンは真面目なときとア軽いときがコロコロしてるといいなぁと思います。 1:9位の割合だと尚いいなぁ。 アウブレ2まだ買ってないので色々妄想ズドーンバコーンですがスルーしてやってください。 2009.01.03 ≪back