夜半の夏(よわのなつ) 海面を赤く染め、太陽がゆっくりと水平線へと沈むのを肴に、三人は離れに建っているホテル直営のレストランで夕飯を楽しんでいた。 「…………綺麗な夕日ね」 ジルは白ワインが注がれたグラスを片手に、そっと云う。 テーブルの上には評判の高い(らしい)、特産の夏野菜をふんだんに使ったシーフードが並んでいた。 彼女はノースリーブの真っ白なサマードレスを着て、 ブルートルマリンが輝くシンプルなデザインのアクセサリーを、胸元と耳に揃いで飾っている。 そのジルの方が、夕日の何倍も綺麗だ。思った事を素直にレオンが口に出すと、ジルは嬉しそうに微笑んだ。 「さっきも思ったけれど、相変わらず女性を讃えるのが上手いわね。 ……その調子なのに、いつまでも彼女を作らないのはどうしてかしら?ねぇ、クリス?」 ジルは微笑みながら、ちらりとクリスを見る。クリスは片眉を上げて「さぁ?」と含み笑いでジルに返すと、 隣りに座っているレオンに向かって、 「なぁ、レオン。スコット君に彼女が出来ないのは、なんでだろうな?」そう声を掛けた。 レオンは苦虫を噛み潰したような面をつくり、「どうせ『女運が悪い』とか云いたいんだろ、ふたりとも……」と憎そうに云う。 「そう云う、あんたらはどうなんだ」 事件のせいで、職場……警察署では出会った事すら無かったけれども、 何事も無かったなら憧れの存在であった筈のジルとクリスに向かって、レオンは敬意もなにも無い、ぶっきらぼうな口調で云い返した。 ジルはくいっとワインを一口飲み、 「あら、悪いけど私は一応続いてるわよ?」と、ウィンクをして若干勝ち誇ったように答える。 「……(居たのか、彼氏……)……、クリスは?」 クリスの目を見つめて訊きながら、レオンは不安を覚えた。 『実は、居るんだ』 『もう結婚してるんだ』 そんなセリフが、サラッとクリスの口から吐き出されるんじゃないか。 ああ、万が一、そうだとしたら…… でも昼の、海での行動を思い返すと、まだ自惚れてても良いだろうか……? 『誰にも興味が無い』 ……ああ、これもありえる。 体を重ねて結構な日数、いや年数が過ぎたけれど、未だに『愛している』と云われた事は無い。 レオンからは、出会って最初の方の数回、ヤってる最中にそれとなく告白をしてみたものの、 それに対してクリスからは一向に何の返答も無かった。 一方的に内心を晒すのも段々心苦しくなってきて、その後は自分の想いを告げられずにいる。 クリスは少し考えるような顔をして、「うーん」と唸る。 「そうだなぁ……。全てが終わってから、かな」 曖昧ではあるが、その答えに、レオンは内心ホッと胸を撫で下ろす。そんな自分が少し女々しいような気がした。 それでもクリスの返答に、取り敢えず不安が消えたのは、確かだ。 ハーレクインの主人公でもあるまいし。この泣いてしまいそうな安堵感と、情けなさはどうすればいいのだろう、とレオンは思う。 「生涯独身決定だな」 自分の女々しい内心を暴かれたくなくて、軽口を叩く。 クリスは「そうかもしれないな」と声を上げて笑い、海老がたっぷり乗ったサラダにフォークを突き立てた。 この状況を作ってしまったのは自分だけれど、目前の二人のやりとりが、胸を締め付けるような、 何だかとても窮屈な感じがして、堪らずジルは窓の外を見た。 太陽は海面を染めていた赤やオレンジを含め、跡形もなく姿を隠して、今、空は月が征している。 ガラスに室内の灯りが反射して、視力に自信のあるジルがいくら目を細めても、星はうまく見えない。 この滑稽とも云えるふたりのやりとりは、何だか切ない。早く全てが終わればいいのに。ジルはそう思う。 けれど全てが終わる為の『終着点』は、今のところジル自身にも見えなかった。それに、『思って』いて終わるものではない。 終わらせなければならない。誰の手でもなく、私達の手で。 それぞれ違う場所で戦っているけれど、私達の戦いは決して『孤独な戦い』じゃない……。 「どうした?ジル」 クリスに声を掛けられて、ジルはハッと視線を戻した。 かつての同僚であるクリスは、人の些細な表情の変化に気付かないタイプのように見えて、実は鋭い方だ、ということを思い出す。 「なんでもないの。バリーも誘えば良かったなぁって」 左右に首を振り、返したジルの言葉に、クリスとレオンは同時に口を開いた。 「「これ以上野郎が増えてどうするんだ」」 ジルは呆れ、そして笑う。 「馬鹿ね。そう云うと思ったから、黙ってたのよ」 招待者の計らいによって、二棟も用意されたコテージに男女別れて泊まることにしてあったので、 クリスとレオンはジルを部屋の前まで見送る。 「おやすみ」 二人にキスを交わして、ジルは部屋へと戻って行った。きっちりドアが閉まったのを確認すると、言葉無く、殆ど同時に踵を返す。 三人で歩いていた時は気にも留めなかった波音が、会話が無くなった途端、大きく耳に響く。 海辺で育ったわけでは無いが、ゆったりと波が砂浜に押し寄せ、そして引いていく音は二人の耳に心地よく届いた。 クリスは歩きながら、煙草の箱をシャツの胸ポケットから取り出して、一本口に銜えた。が、肝心のライターが無い事に気付く。 「あれ、さっきの店に忘れたか?」 自分の服のポケット全てを探ってみるが、長年愛用しているオイルライターが見つからない。 そのクリスを横目に、レオンは肩を震わせて笑う。クリスに向かって左手の中にあるライターをちらつかせた。 「これだろ?」 「……それだ」 足を止め、手を差し出して受け取ろうとするクリスに、レオンは素直に返さず、自分のカーゴパンツのポケットへと隠した。 「おい」 「今は、返さない」 レオンは嬉しそうに云うと、クリスの口から煙草を取り上げる。 「10日も抜くなって我慢させられてるんだから、クリスも今日くらい、禁煙は出来るだろ?」 忌々しそうにレオンの指先の煙草を見ると、クリスは溜息を零した。 煙草の箱をレオンに渡して、折角出した一本を戻させる。 「ガム食うか?」 代わりに、と云ってきたレオンの口が動いているのを見て、クリスは「もらう」と答えた。 「但し、お前からな」 付け足して云うと、クリスはレオンの腕を掴んだ。空いてる手で顎を捕らえ、唇を重ねて舌を無遠慮に差し入れる。 「!うっ……」 突然の野外のディープ・キスにレオンは目を見開く。クリスは構わずに歯列を舐め、レオンの口の中にあったガムを奪った。 唇を開放すると、抗議するような表情のレオンにニヤリと笑い、「ごちそうさま」と大きな手で頭を撫でる。 思わぬ反撃に言葉を無くしたレオンを置いて、クリスは再び歩き出した。戦利品を2、3回噛んでみる。 「……味が無いな」 ぽろりと出た感想に、ずかずかと、後を追い始めた足音と共にレオンの低い声が返ってきた。 「当然だ……!」 羞恥と怒気が混ざった声色に、ああ、ここで押し倒してぐちゃぐちゃに抱いてやろうか。 クリスは空に浮かぶ白い月を見上げて、そう思った。 満月から下弦へと形を変える途中段階の、アンバランスな形の月は、「好きにすれば」とでも云ってるような、 自分にとって都合の良い味方であるような気さえする。 ベッド脇のスタンドの灯りを紅潮した頬に受け、 レオンはクリスに今日だけ、という短い指定ではあるけれど、禁煙命令を出したことを早々に後悔した。 でも、もう、後悔しても仕方が無い。今レオンは、溜まりに溜まった息子を開放して貰うどころか、 すぐに達さないように、わざわざ頑丈な革製のコックリングで玉の下からペニスの根元をギュウと絞られている。 「うう、ぁ……っ、クリス、クリス……!」 完全に勃起する前に装着されたリングの、今は痛さすら感じる強い締め付けに、レオンは必死で耐え続けていた。 「……まだ我慢出来るだろう?」 優しすぎる声色でクリスが云う。ああ、さっき素直にライターを渡しておけばよかった。そんな後悔がぐるぐると、レオンの頭の中を占める。 すぐにでも溜まったものを吐き出してしまいたいのに、それが叶わない。 しかも鈴口に、先程自分の口から奪われ、クリスの口の中で完全に味を失い硬くなったミントガムが、埋められていた。 硬いゴムのように伸ばされたガムはレオンのカリの下、エラ元の部分に蛇のように巻き付いている。 いつも食べ慣れている筈のガムが、細い蛇のような形で己のペニスに巻き付き顔を鈴口に埋めている、という羞恥に、レオンの腰が揺れる。 血管が浮き上がるほどきつく御されているペニスは、レオンが腰を揺らす度、小刻みに何度もプルプルと震えた。 仰向けに押し倒されたレオンの両足は大きく開かれ、間にクリスが身を割り込ませている。 クリスの太い指が2本、レオンの奥を貫いていた。 「っ、ん、……く、クリ……スッ……」 刺激に神経が集中して飲み下す事が出来ず、口端からは唾液が零れる。シーツに染みこんで、レオンの頬をじわりと濡らした。 レオンはしわくちゃになったシーツを拳が真っ白になる位の力で掴み、執拗に続くクリスからの愛撫にただ嬌声を上げる事しか出来ない。 付け根まで押し込まれては爪が見えるくらいまで指を引き抜かれ、その抜き差しの繰り返しに喘ぐ一方、開放出来ないペニスのもどかしさに涙が出た。 「そんなに悦んで締め付けなくても、ゆっくり慣らしてやるから」 日常で見せるのと同じ優しい笑顔を浮かべてクリスはレオンに囁く。行為とのギャップのある優しい声と表情に、レオンは背筋が凍る思いがした。 それでも、どんな行為であっても、クリスが与えてくれるものは全て受け入れるつもりである自分の胸中を、この男は知っているだろうか。 どうせ今夜は、可笑しくなる寸前まで焦らされるんだろう。そう悟ると、イカせてくれと懇願するのを止めて、レオンは他の行為を強請った。 「あ……っ、クリス、なぁ……」 クリスは自分の名を必死に紡ぐレオンを見下ろす。 「キス……して……く」 てっきり「もう退いてくれ」と云われるかと思ったが、予想を反した可愛い要望に、クリスは破顔して覆い被さった。 汗ばんだ額に、瞼に、頬に、顎に。何かのまじないの儀式のように、 そっと触れるだけのキスを与えると、レオンは濡れた唇から僅かに舌を覗かせる。 ここに、と無言で誘う濡れた口元へ唇を寄せると、レオンは肩を浮かせ、掴んでいたシーツを手放してクリスの背中に手を回した。 「ふ、……っん、ん……」 舌を絡ませて、自分の唾液をレオンの喉へと注ぐ。 眉根を寄せながらも、嚥下し、もっと、とクリスの舌を貪るレオンの乱れた姿に、クリスは心の底から満足を覚える。 褒めてやる代わりに、アナルに差し込んだ指を一本増やしてやると、レオンは舌を絡ませたまま小さく呻いた。 「うっ。……ぅっ……!」 穴が収縮して轟き、クリスの指をより締め付ける。余りにも強い締め付けに抜き差しがスムーズにいかない。唇を離して、 「あぁ……凄いな。レオン、そんなに力むなって」 動かせないだろう?とレオンの耳元に唇を寄せ、低音でそう囁くと柔らかい耳朶を噛んだ。 舌の先を窄めて、濡れた音をわざと立てて中を犯す。 いつまで経っても慣れない耳への愛撫が始まり、鳥肌がたつような寒気がレオンの全身を襲った。 堪らず、広い背に回した腕に、更に力を込める。 促されるまま、懸命に尻から力を抜こうとするが、自分の身体なのに上手くコントロールが出来ない。 開放を待ち侘びて、どくどくと脈打つ自分のペニスを正視する気力はもう無かった。 「そう、……もう少し、力抜いて」 あやすように何度もそう囁かれ、徐々に力が抜けていく。埋め込まれた太い3本の指が、ようやくスムーズに動き出した。 律動に合わせて、はぁはぁと息を吐き、レオンは快楽に耐える。 我慢を強いられているペニスは一向に触れて貰えない。もしかしたら、クリスが果てるまでこのままなのだろうか。 いつも先にイカせて貰えるのに。頭の中で呟いてレオンは唇を噛む。 突然、指が引き抜かれた。 「……っ!」 レオンの腸から滲み出た液でふやけた指を、クリスは見せつけるようにベロリと舐める。 いつもしない行動に、レオンは驚き目を瞬かせた。 それを見て、欲情し疼きだす己の身体が馬鹿みたいで情けなくなる。
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