毒と毒 「クラウザー、お前いい奴だな」 ぽつりと、レオンが呟いた。 どこがだ?と、聞き返したくなる。そもそもこんな状況で云う事なのか?とも。 レオンは今、俺に、首筋すれすれにサバイバルナイフを突きたてられ、情けなく組み伏せられている。 そんな相手に云うセリフとは思えない。実戦ではなく、只の対戦トレーニングではあるが。 俺は鼻で笑う。乾いた地面からナイフを引き抜いた。組み伏せた腕を外すと、レオンはゆったりと上半身を起こす。 「俺はここでは、少し浮いてるんだ」 そう自嘲気味に云い、乱れた髪を手で軽く整える。頬から顎へ、汗がつぅっと流れるのが見えた。 俺は、成程。と思い出す。 こいつはラクーンの生き残りで、若年ながらこの機関に半ば強制的に入れられたのだった。 俺のように傭兵歴を積んだものや、他の機関で充分な実績や専門的知識のあるものが殆どの、この腐った機関に。 警察官を1日、というだけのキャリアでここに配属されているものは、まず他にはいない。 ラクーンの生き残り、というだけで。と、嫉妬や中傷、そんな類の言葉ばかり聞いているのだと思った。 もしかしたら、単に興味本位で、馴れ馴れしく事件のことを根ほり葉ほり訊いてくる輩も多いのかもしれない。 そういう連中に心底うんざりしているんだろうと想像出来た。 お前はそういう奴らと違う、という意味だと察すると、俺は胸中で薄く笑う。 確かに、そういう奴らとは違うが、『いい奴』とは随分な誤解だ。 この国を、世界を裏切り覆す組織に属する為だけに、ここに、そしてお前の隣にいる。 そして1年後、『死ぬ』予定だ。 レオンは気怠そうに立ち上がると、服の汚れを手で簡単に払いながら、 荒れた土と岩しかないこの無駄に広い敷地を意味も無く見渡した。 普段は弾薬のテストとして使用されるこの場所は、こうして誰も居ない時ナイフで組み合うには最適だった。 落ちているレオンのナイフを拾って渡す。 「今日はいつもより鈍かったようだな、レオン。動きに無駄が多かった」 「そうか?……そうかもな」 受け取ったナイフの刃の状態を確認し、丁寧な手つきで汚れたレザーケースへ収める。 「ナイフとショットガンは、未だに苦手だ」 負け惜しみでなく本音が零れたようなレオンの言葉に、俺は頷いた。 「もう少しまともに相手になると面白いんだがな」俺が皮肉たっぷりに云うと、レオンはわざとらしく眉間に皺を作る。 それに合わせた演出のように、雲間から姿を現した夕日がレオンに重なり、深い影を落とした。 「さぁ、どれだけかかるか。期待に応えられなくて悪いな」 まったくだ。 こいつが接近戦で俺とまともにやり合えるレベルに達するには、あと3年はかかりそうだ。 『死ぬ』予定である1年後まで、俺はこのくだらない機関のデータの回収と、訓練中の新米に付く経験者、 つまりパートナーとして、こいつの監視をしなければならなかった。 ラクーンの生き残りであり、事件後平穏な暮らしを取り戻した一般市民と違ってエージェントとして引き抜かれたレオンの。 監視といっても同僚のフリをするだけで、退屈で仕方ない。 レオンはまだ育成期間中の身であるから、大した案件をこなす筈がないからだ。 組織もそこまで今のレオンが重要とは思っていない。 重要なのはあくまで機関の極秘データの類であって、レオンの事は『ついで』程度だろう。 レオンの事を名指しでどうだったか、報告せよとは一度も言われていない。 なので俺は退屈しのぎに、暇を見つけては先程のようにレオンを鍛えている。 銃器やナイフ、手榴弾に至るまで、傭兵として身につけた業全てを、教えてやるつもりだ。 いつか敵としてレオンが俺に向かってくる時に、俺が楽しめるように。 シャワールームでざっと汗と泥を流し、すぐ隣のロッカールームにある古いソファに腰掛けてナイフの手入れをしていると、 俺と同じ時間にシャワールームに入った筈のレオンが戻ってこないことに気付いた。 暫く様子をみたが余りにも遅すぎると思い、シャワールームのドアを開けてみる。 並んだシャワースペースの一番奥から、水音が聞こえたのでまだ浴びているのか、と声をかけようと足を向けた。 そこでふいに違和感を覚え、気配を殺して近付く。 湯気が、見えない。それが引っかかった。もう夏はとっくに過ぎた。まさか水で浴びているのか? レオンは俺が近付いていることに気付いていないようで、青白いタイルの壁に両手をつけ、顔は俯き、 そのまま只じっと、頭から水を浴びていた。 その色白い背中に、まるで花ビラでも散りばめたように赤紫色をした痕がいくつも浮いている。 「レオン」 突然声を掛けられた事に驚いたレオンが振り返る。水を浴びていた割には唇の色は悪くない。 振り返ったレオンの胸元にも、背中と同じ痕が見えた。 ……そういうことか。今日のこいつはやたらと動きが鈍かった。 単に体調が悪かったのだと思っていたのだが、どうやらこれが理由らしい。 慌てた手つきでレオンはシャワーを止めると、仕切に掛けていたタオルを手に取る。 「脅かすなよ……どうした?」 表情を隠すように頭をタオルで拭きながら、平然を装ったような声でレオンが言う。俺はそれを見て冷笑を浮かべた。 可笑しくて、低く笑い声が漏れる。 「なるほど、動きが鈍かった筈だな」 レオンの手がゆっくりと止まった。 「どういう意味だ?」 「そのままの意味だが、詳しく説明が必要なのか? 『昨夜、散々男に可愛がられて、今日は身体が思うように動かなかった』んだろう、と?」 言葉を返してやると、レオンは顔を上げて俺を睨む。じっと視線を合わせているうちに、もう一つ気付いた。 レオンの目の周りが、うっすら腫れている。毎日観察している対象みたいなものだ、間違えは無い。 「…………。馬鹿なことを言うな」 観察しているような俺の目つきに気まずさを感じたのか、視線を外してそう言うと、 レオンはタオルを腰に巻いて俺の横をすり抜け歩き出す。俺は冷笑を浮かべたままゆっくりその後を追った。 誰も居ないロッカールームに戻ると、レオンは俺を無視したまま背を向け、着替えを手に取る。 その背後からレオンの右腕を逃さないよう力を込めて掴むと、ソファへ横たわらせるように強引に押しやった。 利き腕を捕らえてしまえば、こんなことは容易い。 「!!……っ、クラウザー……!」 腕の痛みに顔を顰め、レオンが鋭く睨み付けてくる。 「あんなに動きが鈍くなるほど、ハードに犯してもらったのか?レオン」 逃れようとする動きを封じるように、足の上に体重を掛け顔を近づけて言うと、レオンは顔を紅潮させた。 「っ……! だから、馬鹿なことを……っうぁ……」 俺は空いてる手で、タオルの上からレオンのペニスを掴んだ。 その突然の刺激に、肩をビクリと揺らすと、レオンはぎゅっと目を瞑る。 「やめ……っ、……っ……う」 そのまま扱くように手を動かすと、背を丸め、耐えるように唇を噛んだ。 徐々に、タオル越しにレオンのペニスがむくむくと形を変えていく。 俺を突き放そうとしていたレオンの左手が、次第に縋るように俺の肩に爪を立てる。 レオンの額に、じわりと汗が浮かび始めた。俺は硬くなったそれから手を離し、タオルを取り去った。 勃起しきったレオンの股間の周辺にも、赤紫色をした痕が幾つかあり、そのひとつを指でなぞる。 「随分とお前に執着してるんだな、この相手は」 どんな男が相手か知らないが、この熱心な痕の付け方は病的にも思えた。 俺はそのまま肌をなぞって、アナルの入り口に指を当てる。レオンが瞑っていた目を開き、息を呑んだ。 「俺は……男娼になった、覚えは無いんだが」 いきなり突っ込まれるかもしれない不安を顔に浮かべたまま、そう言い、続けて俺の名前を呼ぶと、 「どういうつもりだ?」と聞いてきた。 「さぁ?暇つぶしだ」俺は答えて、それがどうした?と逆にレオンを見返す。 レオンは暫く俺を睨んでいたが、やがて観念したかのように大きく溜息をつき、身体から力を抜いた。 左手で乱れた前髪をかき上げる。 「お前が、男を相手に突っ込んだ事があるのかどうか知らないし、興味も無いが…… いくら指でも濡らしもしないで入れられたらキツイ」 そんなことは、わかっている。 その不安そうな顔や、苦痛を滲ませた顔が、たまらなく俺を興奮させ、満足させるのだ。
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