寝るにはまだ早いか、という事でソファに腰掛け、ケビンとクリスは互いの近況を報告し合った。
時折、昔話や、他愛の無い世間話を交えながら。
「それで?まだ、終わりは見えないのか?」ケビンの問いにクリスは苦笑いを浮かべた。煙草に火を付ける。
馬鹿みたいに高い天井を仰いで、最初に吸い込んだ煙を吐き出した。
「残念ながら先は長そうだな」
ふうん、とケビンは相槌を打つ。
(先が見えない程長いのに、それでも終わるまでは、気持ちを言葉で伝えてやらないんだな)
「あいつ、お前が来るの、いっつも首長くして待ってるんだぜ」
親指でクイクイとベッドルームを指してそう云うケビンに、クリスは「そうか」としか答えなかった。
(こいつらの、それぞれの気持ちを知った上で、レオンにちょっかい出している自分が思うのもおかしいけどよ)
ケビンは窓に視線を移す。外は真っ暗で、ケビンの位置から月の姿は確認できない。
(言葉くらい、減るモノじゃないし、云ってやりゃーいーのに)
地上の方は見えないけど、色とりどりのネオンが輝いてるだろうな、とぼんやり想像する。

(俺なら云っちゃうけどな。もう二度と会えないかもしれない、って焦りはあの時、すげー味わったからな)
憎たらしい無愛想な配管工の顔が、ケビンの脳裏に浮かぶ。
(明日あいつの家に戻ったら、いっぱい云ってやろう)
迷惑がる顔が安易に想像できて、ニンマリ笑ってしまう。
きっと、迷惑そうな顔をしながらも、濃厚なキスを自分に与えてくれるだろう。



コン、とノック音がして、クリスは腰を浮かせると煙草を灰皿に押しつけた。
「なんだ?」ケビンがドアの方を見るが、こちらは立ち上がる素振りも見せない。
クリスが応対に立つと、どうやらルームサービスらしかった。
トレーを受け取ったクリスがケビンのもとへ戻る。トレーには、ケーキがホールごと入ってるのかと思うような
四角い箱が乗っている。細いリボンが掛けられたその箱の上に、小さなメッセージカードがあった。
「なんも頼んで無いだろ?あ、もしかしてあの嬢ちゃんから?」
「そうらしいな」クリスはトレーをテーブルに置くと、メッセージカードを手にとって開いた。
中の文面をじっと見つめ、クリスは眉間に皺を作る。
暫くして、無言でケビンにカードを放った。そして立ち上がり、備え付けられた冷蔵庫へ向かう。
「なんだよ。……。……?…………」
ケビンはカードの中身を読むと、唖然とした。

『冷蔵庫の中の飲み物はご自由に。
 レオンの本命はどちらなのかしら?楽しみだわ。それでは素敵な夜を』

「なんだこりゃ!」ケビンは思わず大きい声を出した。
クリスが缶ビールを片手に戻ってくる。
「完璧に、この部屋のどっかに小型カメラでも仕込んでるんだろうな。もしくは盗聴器か?」
ぷしゅ、とプルタブを開けながらクリスが云うと、ケビンはカードをテーブルに投げた。うぅむ、と唸り自分の髭を指でなぞる。
「最近の若い子は恐ろしいな。俺は怖いぜ。……で、この箱はなんなんだ?」
「さぁ」クリスは開ける気がしないらしく、ソファに深くもたれてビールに口を付ける。
ケビンがリボンをほどいて箱を開けてみると、中から目を疑うようなものが出てきた。
「「!!」」
横目でその動作を見守っていたクリスは、その中身を見るなり、咽せそうになって前屈みになる。

「ローション、コンドーム」

出てきたアイテムを棒読みすると、ケビンは生気を失ったようにソファに寝そべった。
「アホだあの女。しかもコンドーム丸々1箱ってどういうことだよ」
『今夜はいっぱいレオンを犯ってね!』というメッセージにしか受け取れない。
「とりあえず、」咽せそうなのをなんとか堪え、ようやく落ち着いたクリスが、口を開いた。
ケビンが目線を上げてその先を促す。「とりあえず?」
「……とりあえず、今日は風呂入ってもう寝よう」
賛成、とケビンは片手を挙げた。見られてるのがわかってるセックスなんて、誰がするか。




順番にシャワーを使って、煙草の煙だけを肴にもう一本づつ缶ビールを空けると、ケビンとクリスは
レオンが先に寝ているベッドルームへ向かう。僅かに灯した照明の中で、眠っている筈だったレオンは、
上体を起こして愕然とした表情をしていた。
「……?レオン、起きたのか?」
先に部屋へ足を踏み入れたクリスが問うと、レオンは肩をビクリと揺らし、バスローブ姿のクリスを見る。
後ろに同じ格好のケビンが居るのを確認すると、「こ……ここで寝るのか?」と恐る恐る訊いてきた。
「そうだけど、それが?それより具合は大丈夫なのか」
クリスがベッドに腰掛けてレオンの髪に手を伸ばす。ケビンも反対側に腰掛ける。
左右両側からふたりに挟まれる構図になった。
「だいじょうぶ、だから。……だから」
妙に声が小さい。クリスが頭を撫でると、レオンは顔を俯かせ、前屈みに背を丸めた。
「どーしたんだよ?」ケビンが前髪で隠れた顔を見ようと、レオンの顎を掴んで上を向かせる。
「っ……」
上を向かせたレオンの両目に、涙が溜まっていた。額と頬に、脂汗も浮かんでいる。
「おい、ど、どーした??」「何かあったのか?レオン?」
慌てて質問責めにするが、レオンはふたりの手を払うと、すり抜けてベッドから降りた。
「俺、向こうで寝る」
振り返りもせず、早口でそう云い、逃げるように歩き出そうとするレオンの腕をクリスは咄嗟に掴んだ。
「どうしたんだ?レオン」
やけに姿勢も猫背で、左手で下っ腹を隠すようにしている。何かを耐えているようだ。腹でも壊したのか?
「あっ……。……頼むから、手……」
ぼそぼそと、益々小さくなる声にクリスの頭には疑問符しか浮かばない。
「何があったのか、云ってくれないと離さない」
「……」



…………云えない。云えるものか。レオンは唇を噛む。気が付いたらベッドの上だった。
どうしてこんな馬鹿でかいベッドの上で寝てるのか、そもそも此処はどこだ?とか、
そんな事を思いながら上体を起こした時、下半身が疼いた。
濡れてるような感触があって、慌てて確認すると、下着は精液で濡れていた。
こんな歳で夢精?……28歳にして夢精??泣きたい。
しかも、また勃ちあがりそうな気配だ。
ドアの向こうから、クリスとケビンのらしい声が微かに聞こえ、逃げたくても今は動けない。
脱がされたらしい服は何処だろうか。
こんな事がバレたら、ふたりにどう思われるだろう。笑われるに違いない。
グルグルと猛スピードで考えたが、レオンは結局そのままベッドから動けなかった。


今こうしてクリスに腕を掴まれてるだけで、鳥肌が立ちそうだ。
ぞわぞわとした感覚が全身に広がって、夢精した情けない息子を本気でおっ勃ててしまいそうだ。ヤバイ。
発情期の猫じゃあるまいし、一体この様はなんなんだ、とレオンは自分の身体に訊きたくなる。
「……本当に、なんでも、ないんだ……」
なんとか声を絞り出して答える。今にも目から涙が零れそうで、クリスの方を向くことは出来ない。
なんでもない、は嘘だけど、なにもしてない。なにもしてないけど身体が可笑しくなってる。

「なんでもないにしても、そんな格好でソファに寝かせるわけにいかないだろ?ほら、こっち向いて」
クリスはそう言い、自分の方へ向かせようとレオンの腰に手を添えた。触れた途端、レオンは「くっ」と呻き身体を捩らせる。
これは益々怪しい。というか、おかしい。クリスはレオンの腰から手を一旦引いた。
そのやりとりを見ていたケビンが、さっと立ち上がりレオンの後ろへ回ると、脇から腕を差し込み羽交い締めにした。
「つ〜か〜ま〜え〜た〜ぜぇ〜?」してやったり、とケビンはレオンの耳へ息を吹きかける。
「うわっ、うわあああっ!!!」
普段のレオンからは絶対出ないような慌てた絶叫がベッドルームに響く。
ケビンはぐるりと体勢を変え、レオンをクリスの方へと向ける。
「ほい、クリス」
調べろ調べろ、とケビンは囃し立てた。
(調べるもなにも、パンツ一丁なんだが……)クリスはそう思いつつレオンを見る。
苦しそうに呼吸して汗ばんでいるけれども、パンツ一枚で、何を隠すっていうんだ?股間しか隠してないのに。
(……股間?)
シャンと背筋を伸ばしているいつものレオンと違って、今はやたら猫背というか、
前屈みになっている。羽交い締めにされていてもそうだ。
内股をぴったり摺り合わせるように立つこの姿で、隠している「なにか」があるとしたら、
もうそのパンツの下にしか答えが無い気がした。
もしパンツの下に答えが無かったとしても、まぁ、それはその時だ。

心で「よし」と妙な気合いを入れると、クリスはレオンのボクサーパンツのゴムをひょいっと摘み、慣れた手つきで降ろした。
「やめてくれ、クリス……!」
レオンが焦った声で名前を呼ぶ。その理由がすぐに解った。
「「………………」」
べったり、レオンの下腹とパンツに白い液体が付着している。仄かに独特の臭いを放つそれは、嗅ぎ慣れたアレだ。
「レオン、これは……」
そういうことなのか?とクリスはそっとレオンの顔を伺う。伺ってギョッとした。
羞恥に耐えられない、とばかりにレオンは涙をぼろぼろ零していた。後ろから支えるケビンも、流石に狼狽える。
「な、泣くなって、レオン!大した事じゃねーだろ!?……クリスッ、なんとかしろ!」

「レオン、笑ったりしないって。ケビンの云う通り大した事じゃない。恥ずかしがる必要なんか無いだろ?」
クリスは宥めるように優しくそう云うと、レオンの勃ちかけているペニスに手を伸ばす。
節くれ立った厳つい手でやんわりと握ると、股間に顔を近付けて精液で汚れたレオンの下腹をベロリと舐め上げた。
丹念に舐め取ると、レオンのペニスを銜える。
「うぅっ……」
猫背になっていたレオンの背が反り返り、肩がケビンの鎖骨に当たる。
徐々にレオンの足から力が抜けていった。その代わりに、羽交い締めにしているケビンの腕に、重みが増していく。

余りにも恥ずかしすぎて、涙が出たけれども、こうなったら任せるしかない。
レオンは心に決めて、愛撫を素直に受け入れた。クリスの口が、この疼きを解き放ってくれる。
吐き出せば、きっとこの妙な感覚も終わるに違いない。

クリスが銜えている間、ケビンはレオンの首筋へ啄むように音をたててキスを落とし、頬を舐め、耳に舌を差し入れる。
「あ……っああ……ッ」

耳を犯されるのは未だに慣れやしない。ぞくぞくと波打つようなこそばゆい感覚が全身を駆け巡る。
がくがくと膝が崩れ落ちそうだ。レオンの目から、今度は羞恥ではなく快楽での涙が、一筋零れた。






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